豊中地区一般労働組合をつくつた人のブログ

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啓発よりも教育を、学習よりも研究をーー社会運動団体も浦河べてるの家の「当事者研究」をやるべきだーー

日本語では教育と言えば啓発であり、啓発と言えば教育である、というくらいに、人と関わる言葉が貧しい。しかし、私が受けた教えでは、そうではなかった。

Enlightenment(啓発)は、光を与える、蒙を啓くという意味だが、私の見立てでは、活動家(知識人)に光を与えることができるような大衆などいない。大衆は大衆の世間のなかで生きている。その光とやらで世間の暗部を照らすというのは、甘いと思う。大衆は暗部とともに暮らしているし、たとえ光が届いたとしても、その光はうらやましく、うとましい。せいぜい、その光は活動家として闘いたいと思う人間が闘う術を身につける、くらいのものだろうと思う。それはこの社会の闘争にとってめちゃくちゃ重要だ。継続してやるべきだ。ただ、そもそもいまは闘う力が失われているし、人がじぶんの力を闘争に向けたいと思うとき、そのスタイルは決して狭い意味での左翼活動家だけではない。人が闘うスタイルや場所は無数にある。

Education(教育)は、引き出す、という意味である。教育を受ける人間の日常意識や体験から、ある気づきを引き出すのが教育だ。それは世界への新しい解釈かもしれないし、自分の苦しみを表現する言葉かもしれない。教師が行うべきは、その気づきが産み出される時空間をつくることだ。啓発などではない、と思う。少なくとも、私が受けた大学教育はそうだった。

その教育のなかで、私は自分が闘うスタイルや場所を見定めていった。思春期や青年期に光が届かない世間のなかにあってじめじめと感じていた苦しみと、自分がスッと言葉にできたいま感じる苦しみを架橋し、その苦しみの源と闘わなければ、ちょっとむかしあそこで感じていたようなじめじめした苦しみや疑問が報われねえぜ、と思ったからだ。つまり、自分のなかの「半身」を置いてけぼりにしちゃって文化や学歴・職歴のなかに安住するのは、ちょっとじぶんの過去に筋が通らないし、そのために闘わないのは単に闘う覚悟がないからだと思ったのだ。

そして、気づきを産み出すことができて、苦しみや疑問を言葉にできる時空間があることが、なによりも闘争にとって励ましだった。その闘争形式が、私にとっては左翼活動家だったようだ。(だが、一方では、活動家ほど重要な存在はいない、とも思っている)。

私は、この運動が弱体化した状況のなかで、活動家がもし世間と闘いたいのであれば、社会構造や運動史の学習よりも、じぶんのなかの体験を思い返してみて、かつて自分が世間のなかで受けたじめじめとした苦しみや疑問を反芻し、そこに残してきた「半身」を言葉にすべきだと思う。いや、それは闘うなら、誰でもやるべきことだ。活動家は、気づきを産み出し、苦しみと疑問を言葉とする時空間を作り出すことをやるべきだ、と思う。だから、闘争のために「当事者研究」をやるべきだ。いや、単に私がそうしてきただけだってことなんだけども。うまくいくかはわからないけれど、「当事者研究」をやるべきだ、体験に則せば、いまはそう思う。