豊中地区一般労働組合をつくつた人のブログ

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社会運動団体は、べてるの家の「当事者研究」をやるべきだ

いま、日本で生きる人の感性は貧しい。学業、スポーツ、仕事、どれをするにしても、成功者が持ち上げられ、挫折と克服のイメージでその経験が語られる。失敗者と敗残のイメージは飲み屋で哀愁とともに語られるか、でなければ無視される。だが、人間たるもの、定型的な語りの枠組みをはずしても、それぞれの場面で、各々が感じたこと、考えたことがあるはずだ。そのひとつひとつに焦点をあてることしか、この時代の感性を豊かにすることはできないと思う。

かつて、労働者は田舎の村落から都市に出て働いた。彼ら彼女らの感性は、基本的に村落で育てられた。その感性がどのようなものかはわからない。ただ、いまの生産能力で人を測るしかない感性よりは豊かなのではないかと思う。感性の育まれ方が異なるからだ。村落共同体は、老人、宗教、掟、伝説、生産、遊びなどさまざまな秩序や価値基準がせめぎ合う場所であり、ひとりの人間はせめぎ合う秩序と価値基準のなかで暮らした。

せめぎ合う秩序のなかで、感性は育まれる。複数の秩序があるから、他人のさまざまな側面が見え、ひとりの人として扱える。しかし、唯一絶対の秩序のなかで育まれた感性は貧しい。感性が貧しいとどうなるか?唯一絶対の秩序から落ちこぼれた人を、侮り、バカにしやすくなる。能力がなかったり、運動や勉強ができなかれば、簡単に侮り、いじめ始める。

もし、複数の秩序があり、そのせめぎ合う秩序が重なる場所としてひとりの人間があれば、ある秩序からこぼれても他の秩序の価値観が抑止力となって、決定的にバカにされたりはしない。その複数の秩序の複雑さが感性を育むだろう。

現在は、能力主義(勉強・運動・仕事ができる/できない)という唯一の秩序が学校ー企業を通して貫徹した社会で、能力主義以外の側面から人を評価することが難しくなっている。そのような唯一絶対の秩序が覆い尽くす社会で育まれる感性は貧しい。

労働組合の観点、つまり能力主義に抗う秩序の観点からみれば、団結と同盟の前提条件となる「他人をひとりの人として見る」感性が、この社会には圧倒的に欠如している。かつて、村落から都市に出てきた人間にはまだ少年期や青年期に養ったこの感性が残っていただろうが、いまや都市に生まれ都市で育った人に、それはない。

この感性をいかなる形で復興させうるかが問題だ。唯一絶対の秩序と貧しい感性が一辺倒となるこの社会で、いかなるコミュニケーションを労働組合は採用すべきか?

私の提案として、労働組合は学習会など行わず、浦河べてるの家で実践されている「当事者研究」を行うべきだろう。ただダラダラとしゃべり続けるなかで、人間の悩みのあり方や問いの立ち方が変わってくる。それはひとつの秩序で他人と自分を見るのではなく、語りのなかに、語るその人の総体を見る試みだ。社会構造の学習などではなく、まずおのれの研究から始めるべきだ。誰もがそこで躓いているんだから。

もちろん、労働組合の社会変革志向と当事者研究は異なるものである。しかし、当事者研究を欠いた労働組合は、それこそ相談を受けて、法律をもって争議を行い、会社と和解して、和解金を折半するという、労基署の代わりとなるにすぎない。社会変革と当事者研究は相互に随伴すべきだ。社会運動を当事者研究に利用するというよりも、ただ単に社会運動団体が当事者研究やってればよくね?と思う。どっちがメインだというわけではない。利用したら腐る。

だが、社会変革と当事者研究に直接的なつながりがないとしても、やはり間接的にはそこはつながるのではないか、そうでなければ労働組合がそのコミュニケーションを採用する価値がないのではないかと思われる。その問いに応えてくれるのは、いつも吉本隆明だ。吉本は「庶民(生活者)はいかに人民(変革者)となるか?」という問いに次のように答える。

「わたしのかんがえでは、自己の内部の世界を現実とぶつけ、検討し、論理化してゆく過程によってである。」

自らの感じたこと、考えたことを現実と照らし合わせるなかで、言葉にしてゆくこと。これは当事者研究にあたる。

だが、この過程には逆向きがある。

「論理化された内部世界から、逆に外部世界へと相わたるとき、初めて、外部世界を論理化する欲求が、生じなければならぬ。」

当事者研究を経たうえで、現実を観たときに、その現実を同じ方法(研究)によって言葉にする。当事者研究に行って、そして現実に帰ってこなければならない。

「正当な意味での変革(革命)の課題は、こういう過程のほかから生まれないのだ。」(文学者の戦争責任より)

共産党という革命の権威が揺らぎ、「正当な意味での変革(革命)の課題」とは何かが問われるとき、吉本は少なくとも、その課題を「生む」道筋を見つけようとした。まだ課題を生む段階であり、解決する段階にも達していない、ということだ。いまもそうだろう。

当事者研究は、その課題を「生む」ための源泉になる、つまり変革の源泉になる、たとえどんなに遠い道のりでも。そう期待するのは、吉本が描いた道のりを、私もまた知らず知らずのうちに行った臨床哲学のなかで、歩んできたかつての活動家(もどき)であるからに他ならない。

そして、臨床哲学から社会運動に行けば、必ずまた臨床哲学のほうに帰ってこなければならないのだ。