スキマハウス 新入居者募集!!(12月~)

大阪大学のふもと、石橋にスキマ寮を作りました。定住者だけでなく、誰でも使えるシェアハウスです。 いつでも来て、寝たり食べたり飲んだり話したりしてください。イベントや読書会あるいは、秘密結社の儀式など、なんにでもお貸しできます。興味がある方はいまそこでただちにお問い合わせください。(お茶しよっか。)連絡をもらえれば、誰にでも鍵のありかをお教えします。勝手に入っちゃってください。ishibashisharenokai@gmail.comまで連絡を!〒563-0032 大阪府池田市石橋1-21-10

ウェブマガジン「ココココ」の宣言文への違和感

ウェブマガジン「ココココ」の宣言文への違和感】

「右下っぽさ」という言葉をウェブマガジン「ここここ」という団体が広めようとしているそうです。ライターは、教育関係のNPOコワーキングスペース・ゲストハウスを運営されている人々など。やりたいことはわかるんですが…このサイトの宣言文はいまの左派界隈の現状をくっきり映し出してます。

まず、「右下っぽい」人とは誰か?
・「形だけの慣例や時代に合わない考え方は好きじゃない。世の中もっと合理的かつ楽しく変化していく方がいいと思う。」
・「競争して負けた後は自己責任、みたいな社会はあまり好きじゃない。もっと共生的に、いろんな人が生きやすい社会の方がいいと思う。」
という人たちで、最近増えていると分析されています。これはわかります。

ほんで、「右上」の人は変化には対応するけど競争型の「グローバル」な企業戦士。ここはどうでもいい。

問題は「左下」の人の記述で、次のようなもの。
「共生やセーフティネットは大事だけど、昔ながらの方法は変えない」という人を左下だとすれば、町内会や昔ながらの社会運動などの、ムラ社会的な雰囲気はここに近いのかもしれません。」

「改革志向だけど、昔ながらの方法は変えない」社会運動。おじいちゃんが集まっているデモとかですよね。たしかにSEALDsが出てきたときも批判対象になりました。そういう社会運動は「ムラ社会的」であると言われています。

しかし、僕はここに待ったをかけたい!
そもそも、この世界で「ムラ社会的」ではない団体なんてあるのか?と。つまり、右下っぽい団体や人々は、(社会運動側から見れば)NPOやゲストハウス好きで集まっている「ムラ社会」ではないのでしょうか、という問題提起です。

アイドル好きもムラ社会を作り、文学好きもムラ社会を作り、ラップ好きもムラ社会を作ります。そして、そのなかの無数のムラ社会の中に「右下っぽさ」好きのムラ社会もあるのです。

もちろん、アイドルムラにも文学ムラにもラップムラにも「改革+共生」を目指す右下っぽい人はたくさんいるでしょう。しかし、そういう右下っぽい人は、「右下っぽい」ムラには入ってこないはず。

ウェブマガジンここここは、かなり現状認識を自分たちの有利な方向にゆがめてしまったようです。本当には、ムラVSムラなのに、ムラ(社会運動)VSオープン(ここここ)だと勘違いしてしまったわけです。

だからこそ、昨今の課題は、ムラ同士をいかにつなぐか、ということになってきています(東浩紀などの仕事)。社会運動ムラと「右下っぽさ」ムラをどうつなぎ、社会運動ムラと文学ムラをどうつなぎ、社会運動ムラとラップムラをどうつなぐかが問題となっています。

そして、それらをつなぐのは、ラップ好きで社会運動を担っている人、アイドル好きで社会運動を担っている人、「右下っぽさ」好きで社会運動を担っている人であると考えます。つまり、ふたつのムラが重なるところ、ベン図のようなものを作れる個人です。その個人がラップムラの人やアイドルムラの人を社会運動ムラに引き入れます。

正直に言うと、僕は「社会運動ムラ」をかなり特権視しています。特権視というのは、そのムラ人が偉いというわけではなくて、「社会運動ムラは拡大していかなければならない」と思っているからです。だから、すべてのムラに社会運動ムラは接点を持たねばならないと思っています。逆に言えば、すべてのムラは社会運動ムラに接点を持つ必要があると思っているのです。もちろん、「右下っぽさ」ムラもです。

なぜ、特権視するかと言うと、数ある改革の流れの中でも、社会運動は「対立」を重視するからです。
競争にさらされたり低賃金だったりという現在の抑圧に対して、唯一対抗する姿勢を示しているのは、社会運動ムラだけだからです。

たしかに、ゲストハウスもコワーキングスペースも人を集めてつながりを作るのには成功するでしょう。「右下っぽさ」ムラの人は、人を集めて「共生」の雰囲気を作ることはできます。そして、それはすごくよいことです
しかし、集まってどうするのか?そこでつながって話してよかったね、だけで終わりなのか?それとも、生活を助ける協力体制を作るのか?

協力体制をつくると、自然にこの社会のあかんところが見えてくるはず。しかも、そのあかんところは制度だったりして、あかんところを変えるには「政治」的な「対立」が必要になってくるはず。じゃあ、その「政治」を動かすのは何か?――もちろん、「清き一票」ではありません。社会運動です。

※なお、僕は、社会運動が現在のやり方をまったく変える必要がないとは思っていません。ただ、それでも「昔ながらの社会運動」を「ムラ社会的」だと言って一刀両断し遠ざける風潮にはいら立ちを覚えるのです。
http://kokokoko.net/about/