スキマ寮@石橋2017年度 新寮生募集!!

大阪大学のふもと、石橋にスキマ寮を作りました。定住者だけでなく、誰でも使えるシェアハウスです。 いつでも来て、寝たり食べたり飲んだり話したりしてください。イベントや読書会あるいは、秘密結社の儀式など、なんにでもお貸しできます。興味がある方はいまそこでただちにお問い合わせください。(お茶しよっか。)連絡をもらえれば、誰にでも鍵のありかをお教えします。勝手に入っちゃってください。ishibashisharenokai@gmail.comまで連絡を!〒563-0032 大阪府池田市石橋1-21-10

スキマハウスの人文知の無意味性について

【スキマハウスにおける人文知について】

世界には、この本を読まなければ何も考えたことにはならないと、(いろんなことを考えた人に)言わしめる本があります。
つまり、この本を読まないで考えたことなど、おしなべて無に等しい、という本です。それを必読書と呼びます。

でも、そういう本ほど難しいし、そもそも興味もないし、あんまりおもしろくないし、ひとりじゃ読まない。
ということで、みんなで読みたいなと思っています。

吉本隆明がこれ読まなくちゃあ、ものを考える(or書く)なんてできねえよって言っていて

柄谷行人(たち)が彼(ら)の「これを読まなければサルである」と題を打つ著書『必読書150』に入れていて、

東浩紀が推薦している20冊のうちのひとつ。

フーコーといえば『言葉と物』なんですが、『監獄の誕生』とどちらを挙げるかは迷いました。フーコーは「近代とは何か」、そして「人間はどうして近代の終わりに立っているのか」ということをもっともきちんと考察した人です。そしてその一番まとまった本がこの本です。近代の終わりなんて皮相的だ、とか言うひとは、ぜひいちどこの本を味わって読んでもらいたいですね」(東浩紀)。

毎週金曜日に『言葉と物』でもみんなで読みたいのですが、どうでしょうか。

なんか、こういう「これ読めよ」みたいな文章は流行らないでしょうけど、「好きな本だけ読んでればオーケー」みたいな話にはまったくのれない。

鷲田清一はこう言っている。

「人が美術館に行くのには3つの理由がある。見たいものが見られるから行く、見たこともないものに出合いたいから行く、見ておく必要があるから行く。この3つ目が実は大事だと思う。見なければならないというと窮屈な感じがするが、ものごとの軽重の判断がつき、価値の遠近法を作り上げるには大事なことだ。自分が理解できるもの、自分が関心を持っているものとは全く違う、もう一つの視点に触れる、そういう補助線を入れることで、視線の遠近法をより正確なもの、客観的なものに作り直していく、この経験が非常に大事なことなのではないか」

読む必要があるから読んでおく。
つらいけど読む。そういうことを怠っているから、おおよそ俺も含めて、スキマハウスの人文知はほぼ壊滅状態だ。ただ、おれらの好みがあるだけだ。人文知っぽいものがあるだけだ。だが、人文知はない。その思考はおしなべて無に等しい。

ってこんなこと印象で書くと怒られっかな。まあ、ほんとのことだから仕方がないよね。中途半端に読むんだったら、読まない方がましなんだよな。レベルが低いんだよ、レベルが(おれもだけど)。