スキマ寮@石橋2017年度 新寮生募集!!

大阪大学のふもと、石橋にスキマ寮を作りました。定住者だけでなく、誰でも使えるシェアハウスです。 いつでも来て、寝たり食べたり飲んだり話したりしてください。イベントや読書会あるいは、秘密結社の儀式など、なんにでもお貸しできます。興味がある方はいまそこでただちにお問い合わせください。(お茶しよっか。)連絡をもらえれば、誰にでも鍵のありかをお教えします。勝手に入っちゃってください。ishibashisharenokai@gmail.comまで連絡を!〒563-0032 大阪府池田市石橋1-21-10

「お金とはスペシューム光線である」の巻――人参を大量購入。あげます

業務スーパー

にんじんを大量に購入しましたー。わーい(*´▽`*)

半分くらいならあげれるので、スキマハウスに来る人来る人にあげています。

早い者勝ち。予約制あり。

近所の人にもおすそわけしまして、

その結果、ペットボトルのUCCコーヒーを代わりにいただきました。

久々にペットボトルのコーヒーなんて飲みますなあ。

 

ところで、最近、僕は少しずつお金を使う量を減らそうとしています。

コーヒーはもちろん自分でいれるし、お漬物とかお弁当とかも作るし、

アイスも自家製にしようと奮闘中です。

かっこよくいうと、DIY(Do It Yourself !)お前自身でやれ! ってやつですね。

わりとふつうに言うと自炊です。

 

料理をしてたり、他の人の料理姿を見ていたりして、思ったのですが、

わりと自分で作れるものが多いっていうのは意外でした。

アイスなんかもすぐにできるみたいだし。

(アイスを作っているときに思い浮かぶのは、

アニメ「おじゃるまる」のプリンがいつも自家製だったこと。プリン=スーパーの商品だった僕にはわりと衝撃だった)

 

そういう「自分でやる」という生活様式が浸透してきた時代に、

じゃあ、お金ってなんなんだよってことをもう一回考えようと思います。

そういうときに頼りになるのは、昔の田舎暮らし。

民俗学を専攻していた友人が言うには

「数十年前まである村では、魚も米も野菜も水もぜんぶ自給できた。ただ、冠婚葬祭のときはお金を使って他人にやってもらわないといけない。だから、そういうときのためにお金を貯めておかなくちゃいけない」

 

つまり、

お金は「自分たちにできないことを誰かにやってもらう」ためのものだったんですね。

じゃあ、いまの私たちのお金はどうかというと、

「自分にもできるけど、めんどくさいからやらないことを誰かにやってもらう」ためのものになっています。

アイスを買ったり、コーヒー買ったり、これらぜんぶ自分で作れるけど、

作るのめんどうだから買うものですよね。

そういう誰かにやってもらうことを「分業」と言います。

家事、家具の製作、お菓子作りに政治など、社会の営みを細かくわけていって、

ひとりひとりが「俺はこれを仕事にする」ということを決め、

社会のさまざまな営みが専門化されることで、高品質・高なんたらが保たれます。

 

でも、いまそういう専門化・高度化が成り立たなくなっています。

なぜなら、お金がないから。

お金がないから誰かに「分業」を頼もうと思っても頼めない。

なので、自分(あるいは自分たち)でやるしかないわけです。

そして、実はこれは作るの難しいよとか、できないでしょとか思っていたことも、私たちは工夫すれば作れたりできたりするかもしれません。

(おじいちゃん・おばあちゃんのように)

 

そういう時代には、お金の観方を考えなければならないでしょう。

つまり、

「お金を使わずにできること」と、

「お金を使ってしかできないこと」

をわけなければならないということです。

そして、いくら手間がかかっても「お金を使わずにできること」はお金を使わずにするべきです。なぜなら、お金はいざというときに貯めておかないといけないから。

「お金を使ってしかできないこと」を誰かにしてもらうために貯めておかなくちゃいけないから。

 

「お金を使わずに自分でできること」を自分でするのは時間も手間もかかるし不効率だ!と言う人もいると思います。

たとえば、アイスを作るのは、メレンゲ(卵白を泡立てたもの)つくるのがけっこう手間だったりして、けっこう大変です。たぶん、お給料にすると500円くらいになります。

じゃあ、108円のアイス買った方が早いやないかとなるわけです。

が、ちょっと待った。

お金って、そんなに稼げませんよね。ちゃんと節約しないと、お金が必要な時にお金がないということになります。(まあ、節約してもだいたいないんですけど)。

なんでもかんでもお金を払えばいいというわけじゃなくて、

「お金を払ってやってもらうこと」(=専門業務)と

「お金を払わずにできること」(=私的業務)とは種類がまったくべつなのです。

つまり、どれだけ時間がかかったり手間がかかったりしても、私的業務は〈基本的に〉自分たちでやるべき種類の仕事であり、専門業務はお金を使って他の人にやってもらう種類の仕事なのです。

(〈基本的に〉とつけたのは、どこからが私的業務でどこからが専門業務かは個人の能力によるから。アイスが作れない人にとって、アイスを手に入れることは専門業務)

 

お金を稼げる機会って限られています。そのなかなか稼ぐ機会のないお金を稼げるときに稼いで、それは大事にとっておく。それはアイスとかコーヒーとかに使わず、もっと大事な時のために残しておく。なぜなら、どれだけ料理が作れて大工ができてDIY王者みたいになっても、自分ではできないことがあるから。私には限界があるから。そのできないことのために、お金を取って置く。そのために、できることは自分でやる。

 

お金が余っていた時代には、そこを私的業務と専門業務のちがいがなくて、無自覚なままに、多くの事柄を「お金を払ってやってもらうこと」(=専門業務)にしてしまいました。

ですが、ちょっといまはそれができない。

なので、そこのちがいはしっかりわけて、

アイス作り(=私的業務)に時間と手間がかかっても、

アイスを買ってはいけません(いけないってことはないけど笑)。

なぜなら、アイスを作ることは「お金を払わずに自分でできること」だからです。

そして、「自分でできないこと」のためにお金はきっちり残さないといけません。

 たとえ、「自分でできること」の時間と手間がかかっても。

 

ようは、

楽するためにお金を使う時代なんて終わりかけなんだよ!(たぶん)

そして、正気に戻れ!

楽するためにお金を使うなんて人類史的に異常なわけですから、正気に戻りましょう。

そして、お金は「自分にできないことを誰かにやってもらう」ためのものなのです。

 

このことを考えると、僕はいつもウルトラマンのことを思い出します。

ウルトラマンって、殴ったり蹴ったりして怪獣を弱らせますが、

最終的にはスペシューム光線で爆発させますよね。

たぶん、殴ったり蹴ったりでは怪獣にとどめを刺せないけど、

エネルギーがたまらなかったり、スキが多すぎたりで

最初からスペシューム光線を使うこともできない。

 

僕にとって、家事とか日曜大工とかDIYとかは格闘みたいなもので、

お金はスペシューム光線みたいなものです。

なぜなら、「ここぞ!」というときのために貯めておくものだから。

格闘しないと、スペシューム光線が撃てないように、

節約しないとここぞというときのお金が無くなってしまいます。

 

じゃあ、ここぞって何?

病気になったり、友達が借金したり、事業を興したりするときのこと。

人生の分岐点? 賭ける瞬間ということ。

年金とか習慣とか、

さまざまなものが崩壊している時代に、

私たちにとって人生はあまりにも賭けに満ち満ちていて、

そういう人間にとって、パチンコ、競馬などの「賭け事」はやると身が持たないのです。

「賭け事」をやるのは、人生が賭けであること忘れているからだと僕には思えます。

人生は賭けなのだとあきらめている人間は、

「賭け事」をおもしろくないからやらない、というのではなく

(だってギャンブルはおもしろい)、

単純に「賭け事」をやると体を壊してしまうからやれないのです。

 

そんで、人生は賭けなんだとあきらめて、

おしなべて、金ってのは、賭け金なんだから

大事な賭けのためにとっとけって話。