スキマ寮@石橋2017年度 新寮生募集!!

大阪大学のふもと、石橋にスキマ寮を作りました。定住者だけでなく、誰でも使えるシェアハウスです。 いつでも来て、寝たり食べたり飲んだり話したりしてください。イベントや読書会あるいは、秘密結社の儀式など、なんにでもお貸しできます。興味がある方はいまそこでただちにお問い合わせください。(お茶しよっか。)連絡をもらえれば、誰にでも鍵のありかをお教えします。勝手に入っちゃってください。ishibashisharenokai@gmail.comまで連絡を!〒563-0032 大阪府池田市石橋1-21-10

なんでシェアハウス作ったか? 小峰

こんにちは、はじめまして、お久しぶりです。小峰です。ファーストネームは、久しぶりに輝くと書いて、輝久といいます。僕が久々の光彩を放ったときは「ちゃんとテルヒサってる」「名前負けしてないよ」っていってあげてください。喜びます。

 

ところで、僕はこのシェアハウスの呼びかけ人です。

「いやいや、うぬぼれるな。シェアハウスにリーダーとか指導者とかいらんやろ」

リーダーの有無云々はともかくとして、呼びかけ人はリーダーとか指導者とは違います。ただの呼びかけ人です。しかし、呼びかけ人が呼びかけ人というだけで、偉くもないのに、一定の影響力を持つことは否定できません。
「だからなんやねん」

一定の影響力を持つ以上は、やっぱり最低限のことはしとかないとな、と思うのです。

その最低限の事とは、どうしてシェアハウスを作ることにしたかを説明することです。

「直接しゃべったらええやろ。てか、その前に滑舌直せよ。お前の滑舌の悪さ有名やぞ」

滑舌が悪くてうまくしゃべれないから、文章で伝えるのです。

「そか、わかった。はよして」

はよお答えします。I am young ゆえの I have a instant dreamであるがゆれに。

 「文章で噛むなや」

 

まず、第一に、僕は半分私有、半分共有の半開きシェアハウスを中心に地域の相互扶助コミュニティを作ろうと思っています。

「なんでそんなもんいるねん」

そうですね……それを説明するには、自分語りがいるのですが

「ええで」

実はやさしいですね。……僕はいま大学生なんですが、就活を始めたはいいものの、ものすごく正社員として就職したくなかったんですね。中高の学校には適応してたとはいいがたい。だったら、会社に入っても 生きづらいだろうなー、と。とはいっても、働く必要はあるから、とりあえず非正規雇用のひとになろうって思った。ただ、非正規労働者の悲惨さは目に余るも のがあります。

「なんで?」

だって、まともな生活できないほどお金ないし、ひとりぼっちだし……

「そうか……?」

そうはなりたくない。そこで、必要になってくるのが、地域の相互扶助コミュニティではないかなと思うのです。

「なんで?」

互いに助け合ったら、多少貧しくても生きていけると思うからです。

「どうして地域のコミュニティ作る必要がある?バイトの仲間でええやん」

それはそれでいいんだけれど、どうも仕事上の仲間だと広がりが持てないと思います。一方、地域のコミュニティは「友達の友達の友達の友達が来た」と徐々に広がっていくものです。

「そんないっぱい友達つくってどうするねん。それで何が満たされるんかいな?」

非正規雇用者の貧困が満たされると考えます。ここでの貧困の種類は三つあると思います(たしか湯浅誠説『反貧困』)。

ひとつめが、金銭的な貧困(窮乏)

ふたつめが、人間関係の貧しさ(孤立)

みっつめが、自尊心の低下(承認の不足)

「金銭的な貧困は言わずもがなとして、人間関係の貧しさってなんや」

困ったときに助けてくれる人が少ないということです。

「だから、仕事の仲間がおるやろ」

私見ですが、非正規労働者として関わる仕事の仲間はわりと私生活にたんぱくではないかと思います。仕事上の関係で、それ以上は立ち入らない。

「いやいや、なんか野球大会とか社員旅行とかあって、みんな仲良いやん」

それは正社員の話。いまはそんなのじゃないです。まず、非正規雇用者は仕事仲間と信頼関係を結ぶ前に、その仕事を辞めてしまうという問題があります。いまは 派遣会社による日雇い労働者も数を増していますし、アルバイトも1、2年くらいの短期的なものであることが多いです。(このような労働者をプレカリアート と言います。)

「そこで重要になってくるのが、生活の面を重視した生活共同体であると思います、ってことか」

そうです。

「それが自尊心の低下、承認の不足と関わってくるんやな」

そうです。

「承認の不足とは、仲間から「いいね」って言われないことです」

そうです。

「……ちゃんとやれや」

承認というのは、基本的に人間からもらうものです。人間にはひとに認めてもらいたいという欲求があると考えます。

「名誉欲とか?」

そのような「すごい!」と言われたいという気持ちも承認欲求のうちのひとつですが、そのようなものだけじゃなくて、一緒に笑うとか一緒にごはんたべるとか、そういう共同体の一員であるという感覚への欲求です。

「ちゃんとひとりの人間として認めてもらうってこと?」

そういうことです。日雇い労働者のモノとして扱われる感とかははんぱないですからね。人間は誰しも人間として扱われたい。僕は食欲とか生存本能なんかよりも、ひとりの人間として扱われたい欲求の方がはるかに強いと思っています。

「そんなことないやろ」

いやいや、いじめによる自殺とかはひとりの人間として扱われたい欲求の不足、共同体感覚の欠如によって生じるものだと思いますよ。

「まあ、一因ではあるやろうね」

おそらくもっとも大きな一因でしょう。昨今の無差別殺人とかもその表れだと思います。無差別ってことは、共同体がないってことです。

「うん」

少なくとも、「むかしはこんな事件なかった。殺しても身内とか友達とかだった」といろいろな人から聞くということは、共同体が昔と比べてわずかな機能しか担っていないとふつうの人々も思っているということです。そして、そのような共同体感覚がない状態がひとを鬱にさせる。嫌韓嫌中のヘイトスピーチをする人も、独身者が多いのは、家族という共同体の一員であるという感覚が欠如しているからじゃないですか。(安田浩一『ネットと愛国』)

「え、でも、そういう運動団体で共同体感覚得れてるやん」

そういう団体でしか共同体感覚がえれなかったということが問題なのです。

「なるほど、承認をもとめにいったわけか」

自尊心の低下、承認の不足は、なにより「誰にも仲間や友人として認めてもらえない」という疎外感の問題だと考えています。それがあまりにも激しいとどうしよ うもなくなっちゃいます。死んじゃいます。殺しちゃいます。だから、ちゃんとした考え方や感じ方を保つには、共同体の一員であるという感覚、共同体感覚が必要なのです。

「でも、その共同体ってのにも性格があるやろ。学校とか見ればわかるやん。似たような奴は似たような奴で集まってるやん。で、ある人には居心地が良くても、他の人には居心地が悪いということもあるやろ」

そう、だから、共同体はいくつも作る必要があります。変態には変態の、キラキラにはキラキラの、よーわからんやつにはよーわからんやつの共同体が必要であると考えます。

 

to be continued