豊中地区一般労働組合をつくつた人のブログ

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啓発よりも教育を、学習よりも研究をーー社会運動団体も浦河べてるの家の「当事者研究」をやるべきだーー

日本語では教育と言えば啓発であり、啓発と言えば教育である、というくらいに、人と関わる言葉が貧しい。しかし、私が受けた教えでは、そうではなかった。

Enlightenment(啓発)は、光を与える、蒙を啓くという意味だが、私の見立てでは、活動家(知識人)に光を与えることができるような大衆などいない。大衆は大衆の世間のなかで生きている。その光とやらで世間の暗部を照らすというのは、甘いと思う。大衆は暗部とともに暮らしているし、たとえ光が届いたとしても、その光はうらやましく、うとましい。せいぜい、その光は活動家として闘いたいと思う人間が闘う術を身につける、くらいのものだろうと思う。それはこの社会の闘争にとってめちゃくちゃ重要だ。継続してやるべきだ。ただ、そもそもいまは闘う力が失われているし、人がじぶんの力を闘争に向けたいと思うとき、そのスタイルは決して狭い意味での左翼活動家だけではない。人が闘うスタイルや場所は無数にある。

Education(教育)は、引き出す、という意味である。教育を受ける人間の日常意識や体験から、ある気づきを引き出すのが教育だ。それは世界への新しい解釈かもしれないし、自分の苦しみを表現する言葉かもしれない。教師が行うべきは、その気づきが産み出される時空間をつくることだ。啓発などではない、と思う。少なくとも、私が受けた大学教育はそうだった。

その教育のなかで、私は自分が闘うスタイルや場所を見定めていった。思春期や青年期に光が届かない世間のなかにあってじめじめと感じていた苦しみと、自分がスッと言葉にできたいま感じる苦しみを架橋し、その苦しみの源と闘わなければ、ちょっとむかしあそこで感じていたようなじめじめした苦しみや疑問が報われねえぜ、と思ったからだ。つまり、自分のなかの「半身」を置いてけぼりにしちゃって文化や学歴・職歴のなかに安住するのは、ちょっとじぶんの過去に筋が通らないし、そのために闘わないのは単に闘う覚悟がないからだと思ったのだ。

そして、気づきを産み出すことができて、苦しみや疑問を言葉にできる時空間があることが、なによりも闘争にとって励ましだった。その闘争形式が、私にとっては左翼活動家だったようだ。(だが、一方では、活動家ほど重要な存在はいない、とも思っている)。

私は、この運動が弱体化した状況のなかで、活動家がもし世間と闘いたいのであれば、社会構造や運動史の学習よりも、じぶんのなかの体験を思い返してみて、かつて自分が世間のなかで受けたじめじめとした苦しみや疑問を反芻し、そこに残してきた「半身」を言葉にすべきだと思う。いや、それは闘うなら、誰でもやるべきことだ。活動家は、気づきを産み出し、苦しみと疑問を言葉とする時空間を作り出すことをやるべきだ、と思う。だから、闘争のために「当事者研究」をやるべきだ。いや、単に私がそうしてきただけだってことなんだけども。うまくいくかはわからないけれど、「当事者研究」をやるべきだ、体験に則せば、いまはそう思う。

啓発よりも教育を、学習よりも研究をーー社会運動団体も浦河べてるの家の「当事者研究」をやるべきだーー

日本語では教育と言えば啓発であり、啓発と言えば教育である、というくらいに、人と関わる言葉が貧しい。しかし、私が受けた教えでは、そうではなかった。

Enlightenment(啓発)は、光を与える、蒙を啓くという意味だが、私の見立てでは、活動家(知識人)に光を与えることができるような大衆などいない。大衆は大衆の世間のなかで生きている。その光とやらで世間の暗部を照らすというのは、甘いと思う。大衆は暗部とともに暮らしているし、たとえ光が届いたとしても、その光はうらやましく、うとましい。せいぜい、その光は活動家として闘いたいと思う人間が闘う術を身につける、くらいのものだろうと思う。それはこの社会の闘争にとってめちゃくちゃ重要だ。継続してやるべきだ。ただ、そもそもいまは闘う力が失われているし、人がじぶんの力を闘争に向けたいと思うとき、そのスタイルは決して狭い意味での左翼活動家だけではない。人が闘うスタイルや場所は無数にある。

Education(教育)は、引き出す、という意味である。教育を受ける人間の日常意識や体験から、ある気づきを引き出すのが教育だ。それは世界への新しい解釈かもしれないし、自分の苦しみを表現する言葉かもしれない。教師が行うべきは、その気づきが産み出される時空間をつくることだ。啓発などではない、と思う。少なくとも、私が受けた大学教育はそうだった。

その教育のなかで、私は自分が闘うスタイルや場所を見定めていった。思春期や青年期に光が届かない世間のなかにあってじめじめと感じていた苦しみと、自分がスッと言葉にできたいま感じる苦しみを架橋し、その苦しみの源と闘わなければ、ちょっとむかしあそこで感じていたようなじめじめした苦しみや疑問が報われねえぜ、と思ったからだ。つまり、自分のなかの「半身」を置いてけぼりにしちゃって文化や学歴・職歴のなかに安住するのは、ちょっとじぶんの過去に筋が通らないし、そのために闘わないのは単に闘う覚悟がないからだと思ったのだ。

そして、気づきを産み出すことができて、苦しみや疑問を言葉にできる時空間があることが、なによりも闘争にとって励ましだった。その闘争形式が、私にとっては左翼活動家だったようだ。(だが、一方では、活動家ほど重要な存在はいない、とも思っている)。

私は、この運動が弱体化した状況のなかで、活動家がもし世間と闘いたいのであれば、社会構造や運動史の学習よりも、じぶんのなかの体験を思い返してみて、かつて自分が世間のなかで受けたじめじめとした苦しみや疑問を反芻し、そこに残してきた「半身」を言葉にすべきだと思う。いや、それは闘うなら、誰でもやるべきことだ。活動家は、気づきを産み出し、苦しみと疑問を言葉とする時空間を作り出すことをやるべきだ、と思う。だから、闘争のために「当事者研究」をやるべきだ。いや、単に私がそうしてきただけだってことなんだけども。うまくいくかはわからないけれど、「当事者研究」をやるべきだ、体験に則せば、いまはそう思う。

社会運動団体は、べてるの家の「当事者研究」をやるべきだ

いま、日本で生きる人の感性は貧しい。学業、スポーツ、仕事、どれをするにしても、成功者が持ち上げられ、挫折と克服のイメージでその経験が語られる。失敗者と敗残のイメージは飲み屋で哀愁とともに語られるか、でなければ無視される。だが、人間たるもの、定型的な語りの枠組みをはずしても、それぞれの場面で、各々が感じたこと、考えたことがあるはずだ。そのひとつひとつに焦点をあてることしか、この時代の感性を豊かにすることはできないと思う。

かつて、労働者は田舎の村落から都市に出て働いた。彼ら彼女らの感性は、基本的に村落で育てられた。その感性がどのようなものかはわからない。ただ、いまの生産能力で人を測るしかない感性よりは豊かなのではないかと思う。感性の育まれ方が異なるからだ。村落共同体は、老人、宗教、掟、伝説、生産、遊びなどさまざまな秩序や価値基準がせめぎ合う場所であり、ひとりの人間はせめぎ合う秩序と価値基準のなかで暮らした。

せめぎ合う秩序のなかで、感性は育まれる。複数の秩序があるから、他人のさまざまな側面が見え、ひとりの人として扱える。しかし、唯一絶対の秩序のなかで育まれた感性は貧しい。感性が貧しいとどうなるか?唯一絶対の秩序から落ちこぼれた人を、侮り、バカにしやすくなる。能力がなかったり、運動や勉強ができなかれば、簡単に侮り、いじめ始める。

もし、複数の秩序があり、そのせめぎ合う秩序が重なる場所としてひとりの人間があれば、ある秩序からこぼれても他の秩序の価値観が抑止力となって、決定的にバカにされたりはしない。その複数の秩序の複雑さが感性を育むだろう。

現在は、能力主義(勉強・運動・仕事ができる/できない)という唯一の秩序が学校ー企業を通して貫徹した社会で、能力主義以外の側面から人を評価することが難しくなっている。そのような唯一絶対の秩序が覆い尽くす社会で育まれる感性は貧しい。

労働組合の観点、つまり能力主義に抗う秩序の観点からみれば、団結と同盟の前提条件となる「他人をひとりの人として見る」感性が、この社会には圧倒的に欠如している。かつて、村落から都市に出てきた人間にはまだ少年期や青年期に養ったこの感性が残っていただろうが、いまや都市に生まれ都市で育った人に、それはない。

この感性をいかなる形で復興させうるかが問題だ。唯一絶対の秩序と貧しい感性が一辺倒となるこの社会で、いかなるコミュニケーションを労働組合は採用すべきか?

私の提案として、労働組合は学習会など行わず、浦河べてるの家で実践されている「当事者研究」を行うべきだろう。ただダラダラとしゃべり続けるなかで、人間の悩みのあり方や問いの立ち方が変わってくる。それはひとつの秩序で他人と自分を見るのではなく、語りのなかに、語るその人の総体を見る試みだ。社会構造の学習などではなく、まずおのれの研究から始めるべきだ。誰もがそこで躓いているんだから。

もちろん、労働組合の社会変革志向と当事者研究は異なるものである。しかし、当事者研究を欠いた労働組合は、それこそ相談を受けて、法律をもって争議を行い、会社と和解して、和解金を折半するという、労基署の代わりとなるにすぎない。社会変革と当事者研究は相互に随伴すべきだ。社会運動を当事者研究に利用するというよりも、ただ単に社会運動団体が当事者研究やってればよくね?と思う。どっちがメインだというわけではない。利用したら腐る。

だが、社会変革と当事者研究に直接的なつながりがないとしても、やはり間接的にはそこはつながるのではないか、そうでなければ労働組合がそのコミュニケーションを採用する価値がないのではないかと思われる。その問いに応えてくれるのは、いつも吉本隆明だ。吉本は「庶民(生活者)はいかに人民(変革者)となるか?」という問いに次のように答える。

「わたしのかんがえでは、自己の内部の世界を現実とぶつけ、検討し、論理化してゆく過程によってである。」

自らの感じたこと、考えたことを現実と照らし合わせるなかで、言葉にしてゆくこと。これは当事者研究にあたる。

だが、この過程には逆向きがある。

「論理化された内部世界から、逆に外部世界へと相わたるとき、初めて、外部世界を論理化する欲求が、生じなければならぬ。」

当事者研究を経たうえで、現実を観たときに、その現実を同じ方法(研究)によって言葉にする。当事者研究に行って、そして現実に帰ってこなければならない。

「正当な意味での変革(革命)の課題は、こういう過程のほかから生まれないのだ。」(文学者の戦争責任より)

共産党という革命の権威が揺らぎ、「正当な意味での変革(革命)の課題」とは何かが問われるとき、吉本は少なくとも、その課題を「生む」道筋を見つけようとした。まだ課題を生む段階であり、解決する段階にも達していない、ということだ。いまもそうだろう。

当事者研究は、その課題を「生む」ための源泉になる、つまり変革の源泉になる、たとえどんなに遠い道のりでも。そう期待するのは、吉本が描いた道のりを、私もまた知らず知らずのうちに行った臨床哲学のなかで、歩んできたかつての活動家(もどき)であるからに他ならない。

そして、臨床哲学から社会運動に行けば、必ずまた臨床哲学のほうに帰ってこなければならないのだ。

政治運動の言葉は金銭やスキャンダルよりも、生き方に焦点を当てるべきだ

いまの立憲民主や共産党という政党や労働組合などの左翼勢力のスローガンにわたしは違和感がある。

「軍事より福祉に金を!」
「大企業より庶民のくらしを!」
「万博やカジノはいらないぞ!」
「あの政治家は献金をもらった!」
「あの政治家は汚職している」
などなど。

まあ、たしかに正しいんだけど、それよりもこの闘いえない国・日本の人々に枯渇しているのはもっと別の「言葉」だと思うのだ。

どういう言葉か?
自分が息苦しい。なんか嫌だ。理不尽ではないけども、浮かないな。そういう自分のなかの浮かないなという感情を、意識化し論理化する言葉。金やスキャンダルの問題ではなく、生き方の問題を焦点とするような言葉。その言葉の雨を降らせ、芽が生えるのを待ちたい。

それは文学の言葉になるのかもしれない。僕ならたとえば、こんなスローガンが好きだ。

「この社会では他人を蹴落とし見下さなければ生きていけない。家族を養うためには金がいる。金を稼ぐには出世する。出世するには、同僚を蹴落とさなければならない。あるいは、下の奴らを見下さなければならない。そんな生き方は嫌だ」
「この社会では、学校から企業へというレールがすべてであり、そこからこぼれ落ちたら、自尊心も金も持てない。そんな社会はぶっつぶす」

僕の言葉の力が足りないから、弱々しいスローガンにしかならないが、金銭でもなく、ましてや権力者のスキャンダルでもなく、自分たちの生き方を意識化してくれるような言葉を、この乾いた社会に雨のように降らせなければならない。そこから芽が出るだろうから。

なぜ政治運動家が?いや、政治運動家じゃなくてもいいんだけど、そういうことを堂々と人前で言うことが重要だと思うのだ。Twitterで言ってても身内にしか届かない。でも、街頭演説やビラなどならば、不特定多数の人に届く可能性がある。つまり、街頭演説やビラが重要ってことさ。

そして、政治運動家が生き方に焦点をあてた言葉を叫ぶことで、「自分の生き方の浮かない感じが、もしかしたらこの社会の構造と関わっているのかもしれない」と、人々が思ってくれるかもしれない。そうすればしめたもんだ。

だから、政治運動の言葉は決して金銭やスキャンダルのことだけに終始してはいけない。問題は生き方(生きづらさ)なのだ。それは金銭やスキャンダルよりも、大衆にとって急迫した問題だよ。

キャリア教育を人民のほうに!ー『「コミュ障」の社会学』を読んで

最近、『「コミュ障」の社会学』という本を読みました。めっちゃいい本でした!

この社会のなにがダメで、なにが息苦しいのかなぁと思って、さまざまな本を読み、ついには左翼になってしまいましたが、これはすごくためになった。

いまの社会はキャリア形成が、学校ー企業という「場所」でしか認められず、履歴書に空白があればマイナスになってしまうような世の中です。

そういう「場所」からこぼれ落ちたら、もう落ちこぼれになっちゃうから、みんなその「場所」にしがみつく。そこから離れられず、言うことを聞くしかない。これを「中間共同体全体主義」と言います。

しかも、ノリに合わせて会話を弾ませることができない「コミュ障」というやつは、その「場所」にさえいれない!とこの本は告発します。企業社会に入る前の学校社会の閉塞を解き明かしてる点で「熊沢誠ゼロ」って感じ。著者は不登校の専門家。

現在の地域ユニオンなど闘う労働組合が、その重要性にもかかわらず、若者から「あんまりおもしろくねぇなあ」と思われているのは、この「場所」(中間共同体全体主義)を問うことを組織レベルではしていないからでは?と思いました。てか、むしろ、中間共同体つくらな!って言うやん?

「場所」からリストラされてこぼれ落ちた奴を元に戻すか、和解金をとってやめさせるかしか主な闘争方法がないから仕方ないけど、やっぱり「中間共同体全体主義」と闘う方法が提示できないと、日本を闘う国にするのは難しいのではないか?

この「中間共同体全体主義」ですが、やはり学校や企業という「場所」を歩み続けないとスキルも経験も身に付かないということが大きい原因かと思います。つまり、キャリア形成と大きく関わっています。

ということは、やっぱり「キャリア教育」の問題が根っこにあるんだなと再認識した。いままで教育なんざ偽善だろ、キャリア形成ってなんだよって思ってましたが、蒙がひらかれた。

キャリア形成に問題があるんだな。たぶんこの闘えない国がふたたび闘えるようになるには、職業教習所などをたくさん用意してキャリア形成の仕方を人民のほうに寄せる必要があるなと感じた。

だから、労働組合はもっと学校教育改革家と連携しないといけないと感じた。学校教育改革家の仕事を、労働社会に入っても延長させるような形で。

労働組合という形態にこだわるのは、「資本の専制に最終的に闘えるのは労働者の団結同盟だ」というマルクス主義の教条と、「差別をなくすには、あらゆる搾取制をなくすしかない」という解放同盟の教条をまだ持ってるから。でも、この教条をふりまわすのは、だいぶ先になりそうだ。

【哲学文献まとめるよ!】 カール・レーヴィット『ヘーゲルからニーチェへ』

【哲学文献まとめるよ!】
 
第一章 第二節 精神の絶対的形式の歴史的終結という構想
 
 前節では、世界史と精神史がフランス革命において完成し終わるということを見た。
 本節では、その完成と終結が、どのように精神の形式(芸術、宗教、哲学)のあり方を規定するのか述べている。
 まず、芸術について。芸術は、芸術の外の不運な出来事によって終わるのではなく、芸術の進展が芸術を終わらせるのだ。内面的なほの暗い部分がすべて外部に表現されつくされ、人々も芸術にとうとう関心を失ってしまうというのが、芸術の終わりという事態なのだ。もし私たちが芸術が持っている「世界への見方の本質的な部分」をもう一度取り上げたいという欲求を持つのは、それはたとえばセルバンテスが『ドン・キホーテにおいて騎士道に逆らおうとしたときなど、その「世界への見方の本質的な部分」に抵抗し、逆らおうとするときだけなのだ。
 だが、もはやヘーゲルの時代にあっては、長い歴史の中で教養という批判的反省能力が形成されたので、芸術の迫力を生み出す形式が相対化されている。人々はすでに何もかも知っているのだ。「ホメロスソフォクレスも、ダンテもシェークスピアも現れることはありえない。「かくも荘重に歌われ、かくも自由に語り出されたことどもは、すでに語り出されてしまった。歌われた素材、この素材を観たり、受け入れたりする仕方、これらはすべて歌われてしまったのである」」。しかも、芸術は無意味化されており、「聖画を見て父なる神、キリスト、マリアが威厳にふさわしく完璧に描かれていると感じるかもしれない。しかし、いかに強くそう思おうとも、われわれは、そうした像の前に跪くことはもはやないのだ」。
 だが、事態は芸術への人々の関心がなくなったということに終わらない。「芸術という形式そのものが、精神の最高の欲求であることを停止したのである。芸術はわれわれにとってもはや、真理が現実に存在するための最高のあり方ではなくなってしまったのだ」。重要なのは、(力が働く)現在である。カトリックなどの過ぎ去った古い世界観を習得しても無駄であり、むしろ芸術は自らを乗り越えていって、特定の形式や内容へのとらわれを捨て去っていくなかで、終結目的)へと至るのである。そして、それを体現する人間は自分が馴 染む一切のものを、自由な芸術の対象としうるのである。
 次に宗教について。宗教も終わってしまった。なぜなら、宗教もまた芸術と同様に精神が住まう場所ではなくなったからだ。ローマ末期に、(宗教をつかさどる)理性が私利私益と私法に堕落し、宗教的・政治的生活がなくなってしまった。「このような時代の個人というのは、普遍的なもの(政治や社会全般のありよう)は、なすがままに放っておき、自分の利益の事だけ考えるようになる」。残るのは、道徳的な見方、すなわち一人一人の意見であって、内実がない。そのような時代には、信仰を概念化(哲学化)することが求められている。なぜなら、宗教を守るべき人々がキリスト教の真理を「道徳的な動機」や「歴史的観点」からだけ論じるようになってしまい、一意見に終わっているからだ。聖職者は普遍的なものを再興するかたちで概念化することもないので、民衆を教育することができないのだ。その代りに、哲学が真理を司るのである。
 芸術と同様に、宗教にも批判的反省(哲学)が侵入してきた。この批判的反省は最後の最後まで遂行される。この反省を前にして宗教は自己の正しさを証明する必要に迫られるのだ。そして、芸術は芸術哲学、宗教は宗教哲学となった。「こうして哲学において、芸術と宗教が持つ二つの側面、つまり芸術という客観性と、宗教という主観性が統一されることになるのだ」。芸術は外的感覚性を失うが、それによって、思想という最高の客観性を持つことになる。一方、宗教は思考という主観性に純化される。それが哲学なのだ。

【哲学文献まとめるよ!】

まとめる文献:カール・レーヴィットヘーゲルからニーチェへ』

目標:ヘーゲルからヘーゲル左派、そしてマルクスキルケゴール)へと続く哲学史の流れを理解すること。

日時:18/4/7

 

 今回は、カール・レーヴィット著の『ヘーゲルからニーチェへ』という本のうち、第一章「ヘーゲルにおける世界史と精神史の完成――歴史の終結」をまとめます。この章は、ヘーゲル左派やマルクスの思考の基盤となるところです。(以下引用はすべてレーヴィット

 

  • 基礎概念としての「世界精神」

ヘーゲルにとって哲学の歴史は、世界の動きを横目にみて進む、世界とは無縁な別のできごとではない」とレーヴィットはこの文章を始める。要するに、哲学の歴史と世界の歴史は並行し重なり合っているということだ。では、どういうところに共通点があるのだろうか。ヘーゲルは「世界精神としての絶対者」が両者の歴史には貫かれていると述べている。ヘーゲルの中心概念だが、ここでの「世界精神」とはなんだろうか。『ヘーゲル辞典』を見てみよう。『辞典』によると「世界精神」とは「論理、自然、精神の体系全体を貫く根源的な実在」であり、「世界のうちに自己を現す」とされているものだそうである。しかし、よくわからない。が、ヘーゲルにとって、哲学の歴史と世界の歴史は「世界精神としての絶対者」が自らを実現していく過程だということはわかりそうだ。もう少し先に進もう。

 レーヴィットは、この「世界精神」が「歴史にそなわる、いかなる条件もない絶対的な力」だとしている。そして、おそらくこの「力」はさまざまな矛盾や対立を乗り越えて統一していく力なのだ。なぜ、そんなことが言えるのか。レーヴィットは矛盾や対立などと言う言葉はまだ述べていないのに。しかし、「世界精神」は、いかなる民族においても「生の全体性」を表現しているとレーヴィットは述べており、『辞典』によるとその「全体性」なるものは次のようなものだからだ。ヘーゲルにおいては、「矛盾と対立はある「ひとつのもの」(絶対者)の異なる現れ」である。したがって、全体性とは、「部分や区分を内包した全体で、対立や矛盾の統一」のことである。要するに、「世界精神」はさまざまな歴史の中で生じる矛盾や対立を統一していく「力」でもあるのだ。

 この「世界精神」という「力」の「弁証法的運動」は歴史の中で生きている。ここでの「弁証的運動」とは『辞典』によれば、「実在する対立・矛盾を原動力として変化・発展する事物の論理」に基づく「運動」のことであり、その「運動」の行き着く先は「絶対知」である。  

この「絶対知」とは、『辞典』によると、「存在と思惟の一致」のことであり、それはどんな状態かと言うと、『辞典』によると、「存在と思惟の一致」は、「実体と主体の一致」と同じである、という。「実体と主体の一致」とは、自分が生きる世界をただすでにあったもの・与えられたもの(実体)ととらえずに、さまざまな人々の活動のなかで発展していくものとして把握し(主体)、しかも世界を普遍性(人権宣言など!)に即して形成していくことである(実体と主体の一致)。要するに、「世界精神」は人々の種々の活動によってさまざまな矛盾や対立を乗り越えて発展し、最終的に「普遍性に即して形成」された世界へといきつくのだ。それはたとえば、フランス革命の人権宣言などによって果たされたと見る。

そして、どのようにして「世界精神」は「絶対知」に行きつくかというと、(外面的には人々の様々な活動ということになっているが、)内面的には「かつて存在した精神のあり方をすべて想起すること」によってである。つまり、「たえず前進する中で自己を外部に表現しながら、また自己自身の由来・過去を想起するのが、この精神のあり方」なのだ。しかし、その発展も決して直線的なものではない。円環状になっており、「この運動の終結は運動の始まりの完成」なのであり、これが何を意味するのかと言うと、「終末における終結」である。

 

ヘーゲルは歴史の中で「世界精神」は発展するというのだから、もちろん歴史哲学がある。ヘーゲルの歴史哲学において重要なのは、「東洋における歴史の始まりであり、西洋におけるその終結である」。ヘーゲルの中では、まず中国、インド、ペルシャで精神(歴史)は始まり、ペルシャに対するギリシアの勝利を経て、ローマ帝国において継続し、最後は西洋北部のキリスト教的=ゲルマン的諸国家において終結するのだ。この歴史の運動の中で、「精神は激しい戦いを通じて、自由へと教育されてきた」。つまり、「オリエントは、たったひとりだけが自由であると認めていたし、そう考えている。ギリシア及びローマの世界では、幾人かが自由であり、ゲルマン世界は、すべての人が自由であることを知っている」(ヘーゲル)。

 キリスト教の神こそが、はじめて真に「精神」であり、人間なのだ。「これによって、神的なるものと人間的なものとの統一性がようやく意識にもたらされ、神の似姿としての人間に宥和が生じた」。フランス革命とは、万人が自由であるとしたキリスト教の原理を世俗化したものであり、キリスト教を理性化したものである。しかし、これは厭うべきことではない。「キリスト教の起源を実定的に見えるかたちに実現することこそ、起源の真の展開なのである」。

ヘーゲルから見れば、教皇の権威から人々を解き放ったのがルターだった。そしてその前提に基づいてフランス革命がおこる。そして、このフランス革命のできごとにおいて、歴史の哲学が終結する。もちろん、さまざまな出来事もあるだろうし戦争もあるだろう。だが、フランス革命の〈概念〉を記述したヘーゲルによって、〈概念〉の歴史は終結した。